Scope 1排出量の開示義務化が進む背景と、企業が取るべき対応
企業の温室効果ガス排出量の開示は、世界的に義務化が進む重要な経営課題となっています。特にScope1排出量は直接排出として開示の基礎となり、投資家や取引先からの注目度も高まっています。TCFD提言やISSB基準など国際的なフレームワークが整備される中、日本企業も適切な開示対応が求められる状況です。本記事では、Scope1開示義務化の背景から主要フレームワークの動向、具体的な対応策まで、IR・サステナビリティ部門が押さえるべきポイントを解説します。
Scope 1開示義務化の世界的な流れを整理する
Scope1開示義務化は、2015年のパリ協定を契機として世界的に加速してきました。パリ協定では産業革命前からの気温上昇を1.5度に抑える目標が掲げられ、各国政府は企業に対して温室効果ガス排出量の把握と削減を求める政策を次々と導入しています。欧州連合は2014年に非財務情報開示指令を施行し、大企業に環境情報の開示を義務付けました。これが2024年には企業サステナビリティ報告指令として大幅に強化され、対象企業が拡大するとともに、Scope1を含む温室効果ガス排出量の詳細な開示が求められるようになりました。米国では証券取引委員会が2022年に気候関連開示規則案を公表し、上場企業に対してScope1排出量の開示を義務付ける方向性を示しています。アジアでも、シンガポールやマレーシア、韓国などが段階的に開示義務化を進めており、日本でも2022年に東京証券取引所がプライム市場上場企業に対してTCFD提言に基づく開示を実質義務化しました。これらの動きの背景には、投資家が気候変動リスクを重要な投資判断材料と位置付けるようになったことがあります。ESG投資の拡大により、企業の温室効果ガス排出量データは財務情報と同等の重要性を持つようになり、Scope1排出量の正確な開示は資本市場での評価を左右する要素となっています。さらに、サプライチェーン全体での脱炭素を推進する企業が増える中、取引先企業に対してもScope1排出量の開示を求める動きが広がっており、開示は大企業だけでなく中堅中小企業にとっても避けられない課題となっています。
TCFD・ISSB基準など主要フレームワークの動向
Scope1開示において企業が準拠すべき主要なフレームワークとして、TCFD提言とISSB基準が国際的な標準となりつつあります。TCFD提言は2017年に金融安定理事会の気候関連財務情報開示タスクフォースが公表したもので、ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標という4つの柱で構成されています。このうち指標と目標の項目において、企業はScope1およびScope2の温室効果ガス排出量を開示することが推奨されており、多くの国や地域でこの枠組みが採用されています。日本では東京証券取引所がプライム市場上場企業に対してTCFD提言に基づく開示を求めており、実質的な義務化が進んでいます。一方、ISSB基準は2023年に国際サステナビリティ基準審議会が公表した新しい国際基準で、IFRS S1一般要求事項とIFRS S2気候関連開示で構成されています。ISSB基準では、Scope1排出量の開示が明確に要求されており、さらに算定方法や組織境界、使用した排出係数についても説明することが求められています。この基準は各国の規制当局が採用する方向で検討が進んでおり、将来的には世界共通の開示基準となる見込みです。また、GHGプロトコルは温室効果ガス排出量の算定と報告に関する国際的な標準として、TCFD提言やISSB基準の基礎となっており、Scope1の定義や算定方法についてはこの基準に準拠することが一般的です。これらのフレームワークは相互に補完的な関係にあり、企業はGHGプロトコルに基づいてScope1を算定し、TCFD提言やISSB基準に従って開示するという流れが確立されつつあります。
欧米・アジアでの規制と日本企業への影響
欧州では企業サステナビリティ報告指令により、2024年から段階的に対象企業が拡大し、最終的には従業員250人以上の大企業約5万社がScope1を含む詳細な気候関連情報の開示を義務付けられます。この指令は欧州域内の企業だけでなく、欧州で一定以上の事業活動を行う域外企業にも適用されるため、欧州に子会社や支店を持つ日本企業も対象となる可能性があります。米国では証券取引委員会の気候関連開示規則が最終化に向けて調整が続いており、実施されれば米国上場企業や米国市場で資金調達を行う日本企業はScope1排出量の開示が必須となります。英国では2021年から上場企業や大企業に対してTCFD提言に基づく開示が義務化されており、英国で事業展開する日本企業はすでに対応が求められています。アジアでは、シンガポールが2025年から段階的に上場企業への気候関連開示を義務化する方針を示しており、Scope1排出量も開示項目に含まれる見込みです。
開示対応に向けた内部体制の整備ポイント
Scope1排出量の開示対応には、部門横断的な内部体制の構築が不可欠です。まず、経営層の関与とコミットメントを明確にし、取締役会や経営会議でScope1を含む気候関連課題を定期的に議論する体制を整えることが重要です。これにより、開示対応が単なる事務作業ではなく経営戦略の一環として位置付けられます。次に、IR部門、サステナビリティ部門、環境部門、経理財務部門、各事業部門が連携する推進体制を構築します。IR部門は投資家対応と開示書類の作成、サステナビリティ部門は全社方針の策定と進捗管理、環境部門はScope1算定の実務とデータ収集、経理財務部門は内部統制と検証対応、各事業部門は現場でのデータ収集と削減施策の実行というように、役割を明確に分担することが効果的です。データ収集の仕組みについては、各拠点や事業所からScope1に関するデータを定期的に報告させるルートを確立し、報告フォーマットを統一することで集計作業の効率化が図れます。
透明性を高めるデータ開示のベストプラクティス
Scope1排出量の開示において透明性を高めるためには、単に数値を示すだけでなく、その背景や算定根拠を丁寧に説明することが重要です。まず、組織境界を明確に示し、連結対象範囲やグループ会社の含め方、賃借施設の扱いなど、どこまでがScope1算定の対象となっているかを具体的に記載します。次に、主要な排出源の内訳を開示することで、自社のScope1排出の特徴を理解してもらいやすくなります。例えば、燃料使用による排出が何パーセント、社用車による排出が何パーセント、冷媒漏洩が何パーセントといった分解情報を提供することが有効です。算定方法については、使用した排出係数の出典や算定基準を明記し、GHGプロトコルのどの手法を採用したかを示すことで、算定の信頼性が高まります。前年度との比較を行う際は、排出量の増減要因を定量的に分析し、事業拡大や生産量の変化による影響と、省エネ施策による削減効果を分けて説明することが望ましいです。また、算定方法や組織境界に変更があった場合は、その内容と影響を明示し、可能であれば過年度の数値を遡及修正して比較可能性を確保します。削減目標との関連性も示すことで、開示情報に戦略的な文脈を与えることができます。Scope1削減目標の達成状況や今後の削減計画を合わせて開示することで、投資家や取引先は企業の気候変動対応の本気度を評価できます。さらに、第三者検証を受けている場合はその旨を明記し、保証水準や検証機関の情報を示すことで、データの信頼性を裏付けることができます。
まとめ
Scope1排出量の開示義務化は世界的に進展しており、日本企業も国内外の規制に対応する必要性が高まっています。TCFD提言やISSB基準といった国際的なフレームワークに準拠した開示が求められる中、部門横断的な内部体制の構築とデータ管理の高度化が不可欠です。透明性の高い開示を実現するためには、算定根拠の明示や排出源の内訳提供など、丁寧な情報提供が重要となります。IR・サステナビリティ部門は、経営層と現場をつなぐハブとして、信頼性の高いScope1開示体制を早期に確立することが求められています。